●ギングリッチ、エルサレムへ
アメリカ下院議長ニュート・ギングリッチは、クリントン大統領の意向に反する聖地巡礼を行った。保守革命を唱えるギングリッチは、アメリカ議員団を率いてイスラエルに飛び、98年5月23日エルサレムに到着した。それはメモリアル・デー記念式典に参加するためであった。
彼のイスラエルでの言動は、頓挫した中東和平交渉を修復しているクリントン大統領の政策を台なしにするものだった。ギンリッチは恐らく、援護射撃の役割しか果たしてはいない。しかし、彼の言動が中東を戦争に向かわせていることは確かである。
ギングリッチは、三つの議員団の一つ、26人もの上院・下院議員からなる議員団を率いて、イスラエル建国50周年式典に出席した。冷めた目で見れば、ギングリッチの巡礼はリクード党寄りのアメリカ・シオニストロビーから、経済支援を得る努力と分かる。
さらに重要なことだが、彼はキリスト教原理主義者の支援もあてにしている。ギングリッチの主要支持母体はキリスト教原理主義者であり、彼らはギングリッチの保守革命を支持している。なおかつ、キリスト教原理主義者は中東を舞台とした「ハルマゲドン」を待望し、千年王国に至るための「終末破局」を起こそうとしているのである。
イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフにとって、ギングリッチ来訪は、さながら天から降ってきたマナであった。ネタニヤフは中東和平交渉を頓挫させている張本人として、イスラエル国内・国外から厳しい非難を受けている。彼はクリントン政権が提案した第二次撤退案、つまり西岸から13〜15パーセント撤退する案を拒否している。しかし、この撤退はオスロ和平合意で明記されているのである。
ネタニヤフはつい最近、アメリカから帰国したばかりである。彼はアメリカのユダヤ人指導者と会談し、ギングリッチや他の共和党指導者と、一日かけてキャピトル・ヒルを行進した。ネタニヤフは98年1月にもアメリカ訪問を行っており、その時にはジェリー・フェアウェル、パット・ロバートソンとの同盟関係を大っぴらに見せつけた。
この同盟関係では、一方にネタニヤフ、もう一方にアメリカ議会右翼がいる。恐らくこれを最もよく表現したのは、「イディオト・アハロノト」紙の政治評論家、ナフム・バネアであろう。彼は言う。
「アメリカを動かすという点で、ネタニヤフに匹敵する人物はいない。彼はもちろん、国務長官マデリン・オルブライトから下級官僚に至るまで、立腹していることを承知している。しかし、その立腹も無力である。ネタニヤフは、彼ら官僚などいつでも撃破できることを知っている。なぜなら、彼はアメリカ議会を掌握しているからである。」
中東和平交渉に関するギングリッチの能力について、パレスチナ側の主要交渉者サエブ・アリカットは次のように評価している。
「ギングリッチは当地で起きていることについて、全く理解していません。彼の言動を見れば明らかです。ギングリッチは当地での問題、人々の感情について、何一つ知ってはいません。彼はイスラエル人よりも極論者で、彼の言動はパレスチナ・イスラエル双方の和平努力を無に帰すものです。」
●ギングリッチの暴走
98年5月25日の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」紙は、匿名のイスラエル官僚の話として、次のような記事を載せた。
「ギングリッチ率いるアメリカ議員団は、ネタニヤフをたきつけて、クリントン政権の中東政策とさらに全面対決すべきだと助言した。たとえネタニヤフがクリントン大統領から何らかの報復を受けても、ギングリッチらは全面的バックアップを保証したのである。彼らはまた、アメリカ行政府の権力も十分にあてにできると付け加えた。」
この記事に対し、ギングリッチはすぐさま否定の声明を出した。
「そのようなことを言うわけがないでしょう。私達は一歩アメリカを出れば、政権を支える立場を取らねばならないのですから。」
しかし、そうは言いながら、ギングリッチはクリントン大統領の中東政策をあらゆる点で批判している。彼はイスラエル議会で、「私達アメリカ議員団は、今日ここでエルサレムをイスラエルの永遠の統一首都と認めたいと思います」と演説した。
「統一エルサレム」は多くのイスラエル人が抱いている感情だが、それは同時に占領地域「東エルサレム」をも含んでいる。この占領は国連から非合法と見なされており、和平交渉で最も敏感な話題である。
ギングリッチは演説後のコメントで、パレスチナ自治政府について「暴力を促進・示唆している」と非難し、「これこそが和平交渉を妨げている原因である」と述べている。ネタニヤフの「安全保障を伴った和平」という言いがかりについても、彼は賛意を示し、次のように述べた。
「イスラエルの安全保障を論じることができるのは、イスラエルだけです。非イスラエル人が、イスラエルの将軍たちに指図すべきことは何もありません。」
ギングリッチは、エルサレムの新アメリカ大使館・建設予定地を訪問する予定を立てていた。その際、彼は旧市街をも見て回る予定であった。しかし、このルートはイスラエルによる非合法入植地を通り、それはイスラエル・パレスチナ紛争の中心、最も暴力事件の多い地域だった。
アリカットはこの予定に厳しい抗議を出し、「ギングリッチは紛争を起こそうとしている」と述べた。国家安全保障問題担当であるアメリカ大統領補佐官、サンディ・バーガーも紛争再発を恐れ、ギングリッチに日程変更を求めた。
しかし、最終的には、ギングリッチは大使館建設予定地(マヨール・エフド・オルメート)を訪問後、東エルサレムの新入植地、紛争多発地域の一つ、ハルホマにも足を運んだ。さらに彼はヘリコプターをチャーターし、西岸をも見て回ったのである。このとき、彼の案内役を務めたのは、イスラエル国家基盤相であり、そして戦争屋であるアリエル・シャロンであった。
ギングリッチのツアーと時を同じくして、過激な入植者グループ「アテレト・コハニム」が、エルサレム旧市街のイスラム人地域で、少なくとも九つの非合法入植を始めた。アテレト・コハニムは入植組織の中で最も過激な活動を行っており、神殿の丘にソロモン寺院を再建設する目標を持っている。しかし、これを貫徹するためには、イスラム世界で最も聖なる場所の一つ、アルアクサ・モスクをまず破壊しなければならない。
アテレト・コハニムは「神殿の丘キチガイ」とも呼ばれている。もし彼らの試みが成功し、アルアクサ・モスクが破壊されれば、再び中東戦争が勃発するだろう。そしてそうなれば、アメリカの過激なキリスト教右派が待望する「ハルマゲドン」は成就することになる。
実際、ギングリッチが大使館・建設予定地を訪問した同じ日、抗議を行うパレスチナ議員団とイスラエル警察との間で暴力沙汰が起きたのである。
●ギングリッチの驚くべき演説
ギングリッチの最も驚くべき演説は、クリントン大統領とオルブライト国務長官に向けられた。
彼はイスラエル建国50周年式典で、「クリントン大統領はイスラエルを脅している」と批判した。彼によれば、クリントン大統領のメッセージは「アラファトのために、お前たちを脅す」というものであった。オルブライトについても、「アメリカ国務長官がパレスチナの代理人になることは間違っている」と述べた。後に彼はこれを否定し、「自分の訪問はホワイトハウスの意向に沿ったものである」とうそぶいた。
ギングリッチの言動について、アメリカ大統領報道官マイク・マカリーは、次のような記者会見を行った。
「彼は『国務長官がアメリカ国民以外の人々に仕えている』と発言した。これは非常に怒りを招く発言だ。」
記者の一人が、彼に「あなたの言葉は大統領の感情を表現したものですか?」と迅ねると、彼は言った。
「私は大統領代理として、自分の意見を述べている。現在、私達は彼の言動について調査中だ。ご存じのように、彼の発言は先週伝えられてきたばかりだ。」
国務省次官補で首席報道官である、ジェームズ・ルービンも言う。
「私達は先週末、かなり驚くべき報告を受け取った。ギングリッチ議員は、イスラエル政府とアメリカ政府とを離反させる発言をしたようだ。もしこれが事実なら、彼の発言は驚くべき発言であり、アメリカの国益を追及している私達の努力を台なしにするものだ。
同時に『国務長官はパレスチナの代理人である』という発言について、私は非常に驚きと怒りを感じている。
国務長官の政策は大統領の政策に沿ったものであり、それはアメリカ国民の国益を増大させるように決定されている。国務長官はアメリカ国民に仕えているのであり、彼女が他国民の代理人であるとの発言は、不当で挑発的であり、立腹すべきものである。」
ギングリッチは、「自分の訪問はホワイトハウスの意向に沿ったものである」と発言している。これについても、マカリーは「不当な発言」と述べている。
●人種主義者ギングリッチ
ギングリッチの完全にネタニヤフ寄りの発言は、実は反クリントンであるばかりか、イスラエル国益にも反する。それは、イスラエル野党の発言を聞けば分かる。
ギングリッチに対し、「中東の現実は、アメリカ議会にはびこっている『仮想現実』とは全く違う」と述べる声が上がった。実際、ギングリッチがイスラエル議会で演説した時、アラブ議員(イスラエル国内に在住する約100万人のアラブ人の代表)は抗議退場した。「民主アラブ」のテレブ・アサナはギングリッチにこう叫んだ。
「あなたのような人種主義者がここに演説に来るなど、不名誉もはなはだしい。」
イスラエル大統領エゼル・ワイツマンは、ギングリッチ率いるアメリカ議員団との会談でこう述べた。
「イスラエル政府は西岸撤退を早急に行わねばなりません。現在の停滞状況が続けば、爆発が起こるでしょう。アラファトと話し合い、解決策を見つける必要があります。もし解決策を見つけられないなら、大きな事件が起きるでしょう。アラファトのテロ対策について言えば、過去二年半、テロ活動は比較的収まっています。私達が考えた以上に、アラファトはテロと戦っているようです。」
ギングリッチは、労働党党首エフド・バラクとも会談した。この席上、バラクは次のように述べた。
「13パーセントの撤退を行っても、イスラエル安全保障には何ら心配すべき影響は出ません。首相が別な人物なら、イスラエルはとっくに第二次撤退を完了し、オスロ合意の最終局面に着手していたでしょう。それも、イスラエルの安全保障に何ら影響を与えずにです。超タカ派シャロンも第二次撤退には同意しています。もし私が首相であれば、たとえシャロンが部下でも撤退を行うことができたでしょう。まあ、これは仮定の話ですが。」
イスラエル日刊紙「ハーレツ」は、ギンリッチ訪問について「とげある訪問」と評した。彼の訪問最終日、イスラエル議会は与野党合同で一つの法案を可決した。それは、イスラエル首相を直接選挙で選出することを見直す法案である。これは疑いなく、ネタニヤフを退陣させる動きである。
パレスチナ自治政府のアラファト議長は、ギングリッチとの会談中止を考えていた。しかし、この会談は結局行われた。それはアメリカ議員団の中に、パレスチナの意見を理解する、開かれた心の持ち主がいたからである。
パレスチナ自治政府のナビル・シャース国際協力相は、「今回の会談は、ここパレスチナでアメリカ議員と高いレベルでの対話が持てた最初の機会だった」と強調した。
パレスチナ自治政府のハナン・アシュラウィ高等教育相は、ギングリッチの言動について「極めて挑発的」と述べた。そしてこう続けた。
「今回の会談が行われたのは、パレスチナ側は黙っていないこと、問題をなし崩しにしてはならないことを、ギングリッチに明確に伝える必要があったからです。」
注目すべきは、アラファト議長が今回の会談に望む前、サウジアラビアから帰国したばかりだったということである。彼は緊急アラブ・サミット開催を提唱しており、そこでは和平交渉決裂による政策変更が話し合われる予定である。彼は今回のサウジアラビア訪問で、サミット開催への賛意を取り付けていた。このサミットが開催されれば、イスラエルが政策を変更するまで、アラブ諸国が結束してイスラエルとの国交を絶つこと、あるいは正常国交を一時中止することなどが話し合われるだろう。
ギングリッチはイスラエル訪問後、ヨルダンに飛んだ。ヨルダンではアメリカ議員団はフセイン国王に会見した。国王は次のように強調したと伝えられている。
「オスロ合意を尊重し、それを実行に移すことは重要です。イスラエル・パレスチナ間の和平達成は、公平で長く続く和平への欠くべからざるステップです。」
ギングリッチは、自分の訪問がアメリカ政府の政策を「推進している」と述べている。これについて、マカリーは記者団に述べた。
「ギンリッチ議員は挑発的な意見を述べ、アメリカを敵視しイスラエル側に立つような素振りを見せました。それでいて彼がアメリカ政府の政策を推進しているつもりなら、彼は外交音痴だということを自分で証明しているようなものでしょう。」
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