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▼ 1998年はグローバリゼーション崩壊の年だった


●グローバリゼーションが崩壊した年

 1997年が「財政システムの崩壊が宣告された年」だったとするならば、1998年は「グローバリゼーションが崩壊した年」として歴史に残るだろう。
 グローバリゼーションが崩壊した正確な日付は、1998年8月17日である。この日は、銀行家があり得ないと考えていたことを、ロシア政府が実行した日であった。
 ロシア政府は、国債の一部の返済繰り延べを宣言し、ルーブルの切り下げを行った。国の最高意思決定機関が取ったこのような措置は、世界の金融システムに衝撃を与えた。
 そして、「自分たちが生き残る唯一の望みは、世界の銀行家が独裁権を握り、政府は、戦利品を求める皇帝のような銀行家の要求に単に奉仕することだ」と考えていた銀行家たちは、完全なパニックに陥った。

 銀行家が抱いている夢とは、新たな超国家機関を設立して経済政策を国に命令するということである。そして、それによって権力の座に残り、自分と銀行を守るということである。
 しかし、その計画は、実際には不可能だという致命的な欠陥を持っている。まさに毒をくらって死にかかっている患者にもっと毒を与えるようなもので、ほとんど実際には無理な計画である。

 致命的な緊縮財政を強いられ、苦労して勝ち取った経済成長を捨てなければならないという要求に直面し、理性的で勇気のあるいくつかの国は抵抗を示した。
 マレーシアのマハティール・ビン・モハマドは、マレーシアを防衛する権利と、中国が行ってきたように、自国のことは自国で決めるという権利を公に主張した。
 こうした抵抗は奨励されるべきだし、育てるべきである。それは、人類の未来がそれにかかっているからである。


●システムの欠陥

 しかし、たとえ世界の国全部が銀行家の要求を飲んでいたとしても、銀行家と彼らのシステムは、結局は滅びる運命になっているのである。
 彼らの命取りになっているのは、彼らの信念そのものである。すなわち、「金、特に自分たちの金が第一優先であり、その他のものはすべて自分たちの金融資産を守るために犠牲になるべきである」という信念である。
 数十年間、国際通貨基金(IMF)は銀行家の意思を執行する機関であった。IMFは多くの国に対し、生活に必要不可欠な水、電力、保健、教育、輸送、農業、産業上必要なものなどを人々に供給するインフラストラクチャーの計画をやめることを要求した。  しかし、これらの国は、このようなプロジェクトによって、貧困から脱却して近代社会になりつつあったし、また、プロジェクトをやめさせることは、多くの人々を貧困と死に追いやることになる。
 ところが、IMFの貸付屋にとっては、そういうことはどうでもよいことだった。というよりも、それは実際、計画の一部だったのである。

 いわゆるアジア危機の時に、西欧では早くも次のような主張がなされていた。
 「アメリカとヨーロッパはアジアの荒廃の影響は受けないだろうし、資本がアジアから西欧の市場に逃避していることによって、実際には西欧にとっては利益になる。アジアからの輸入品の価格が下がるのも我々にとっては好都合である」という主張である。
 1997年は10月に不安定な動きがあった後、1997年の終わりと1998年の初めには急激な回復を見せ、記録的な高値となった。
 1998年7月17日、アメリカで指標として最も利用されているダウ・ジョーンズ工業平均株価は、その日の間ずっと9338ポイントを記録し、多くの人が10000になることを予想した。しかし、予想に反して株価は急激に暴落した。
 8月の終わりには、ダウ平均は1800ポイント(19%)下がり、7539ポイントにまで減少した。同じ期間に、アメリカの他の主な株式指数もダウンした。S&P500は19%、ウィルシャー5000は21%、ナズダック総合指数は25%、ラッセル2000は27%のダウンであった。

 FRBが行った3回の金利引き下げによって、1998年8月の終わり以降、特に10月、アメリカの主な指数は急激にアップし、記録的な数字となった。
 ラッセル2000は急激にアップしたが、下がった分の約半分の回復にとどまった。ラッセルは4月に下がり始め、4月から10月の初めまでには36%ダウンした。これは、他の指数に対して大きな影響を与えている大企業と関連して、比較的安値の株の市場価格が下がってきたことによる。

 これと同じようなことは、ヨーロッパでも起こった。ドイツのフランクフルトDAXをはじめとする指数は、その年の半ばには記録的な高値をつけていたが、すべてダウンした。

 アジアでは、主な株式市場は第3四半期に急落し、ここ2ヶ月の間にわずかに回復した。しかし、1997年半ばに比べると、30〜50%も低くなった。
 日本の日経平均225種は、10月上旬には13000円以下に落ちたが、現在は14000円以上を保っている。ちなみに日経平均は、1989年の終わりには39000円であった。

 欧米の市場が7月半ばに突然下降したことは、金融危機のターニングポイントとなった。世界中の株式市場で下降が始まったので、株式の安全な避難場所はもはやなくなったのである。

 債券市場も同様であった。
 1990年代の間中、国債と社債は債券市場を通して盛んに発行されていた。その狂気がどれくらい広まっていたかを知るためには、ジャンクボンド市場を見れば十分である。

 1986年、ドレクセル・ブールナン・ランバートとマイケル・ミルケンのジャンクボンド・マシンのピーク時には、330億ドルのジャンクボンドが発行された。
 1980年以降の発行額のトータルは約700億ドルにもなった。そして、その後の3年間にはさらに800億ドルが発行され、80年代のトータルは1500億ドルにも上った。
 しかし、ドレクセルが亡くなり、ミルケンが起訴された後、1990年のジャンクボンド市場は枯渇した。だが、その後すぐに、ミルケンを作ったモルガン、ロスチャイルドのネットワークが市場を再編した。

 1997年には、前代未聞の1190億ドルのジャンクボンドが発行され、その数字は1998年にはさらに増大した。
 セキュリティーズ・データ社によると、12月半ばまでには、1410億ドルのジャンクボンドが発行されたということである。97年と98年の2年間だけで、ミルケンの時代に発行された額の2倍のジャンクボンドが発行されたのであった。

 しかし、株式市場と同様、ジャンクボンド市場は第3四半期には急落した。
 ジャンクボンドの発行額は4月がピークで、1ヶ月間で約210億ドルの新しいジャンクボンドが発行された。そして7月までの発行額は、1160億ドルであった。
 しかし、その直後には発行額は大底となったのであった。8月にはわずか36億ドルしか発行されず、9月は28億ドル、10月には46億ドルだった。


 合併・買収の部門においても、似たようなプロセスが展開された。
 1990年代には合併の規模と数は急速に増えた。1997年の間に、世界全体で1兆ドルという、かつてなかった額の合併が発表された。
 そして1998年には、合併額はその2倍になりそうな勢いである。1998年の4月だけでも、3700億ドル分の合併が行われた(1991年には年間で3700億ドル、1992年には3650億ドルである)。これには、トラベラーズによるシティコープの買収と、ネイションズバンクがバンカメリカを乗っ取ったことも含まれている。
 しかし、7月に市況が1000億ドルに下がったことによって、合併・買収市場にも第3四半期には同じく底値が現れた。それでも、12月半ばには年間総数として2兆5000億ドルの合併額が発表された。


●パニックが始まった

 1998年4月、ある部門において下落が始まり、7月半ばにはほとんど全部の部門が影響を被った。そして、ロシアが8月17日に取った措置によって、それは本物のパニックとなった。
 その時、欧米の銀行と他の投資家は、ロシアのGKO国債の額に相当する多額のドルをすでに購入していた。
 しかし、GKOには二つの問題があった。一つは、ロシア政府が破産したということで、もう一つはルーブル建てだということだった。
 最初の問題については、銀行家が特に破産国から金を引き揚げるような問題ではないと考えられていた。二番目については、ルーブルの価値が下がった場合に、損失を埋められるようなデリバティブ商品を、ロシアの銀行から買うことによってカバーした。
 しかし、ロシアが負債の大部分を凍結し、ルーブルを切り下げた時、銀行は両方から搾り取られたのであった。国債が償還されるかどうかは疑問となり、最終的に償還が行われたとしても、欧米の通貨に対してルーブルの価値が下がることによって、莫大な損失が出ることになる。(8月上旬には1ルーブル16セントだったが、98年末は約5セント。)

 ルーブルで損失が出た分を埋めるために、銀行はデリバティブ商品の契約で金を回収しようとした。しかし、デリバティブ契約の支払いも凍結されたのである。

 数値の特定できない巨額の損失を抱え、また大きな惨事があるという噂が市場に出まわって、株式市場と債券市場の世界的な下落が最高潮に達した時、金融市場の人々の心理は突然変化した。配当を最大にすることを考えるよりも、資本を守ろうとするようになったのである。
 以前は、配当金が高いからという理由で熱心に求められていたリスクの高い投資は、避けられるようになった。そして、比較的安全なアメリカ国債やドイツ国債に金が逃げるようになった。

 逆レバレッジのプロセスは確立された。
 投資家は損失を埋め、また追い証の請求を支払うために資産を換金することを強いられる。それによって資産の価値は下がり、損失はさらに増え、よりいっそう資産の換金を迫られる。
 このような逆レバレッジのプロセスが働き出し、損失が増加していくにつれて、恐怖は本物のパニックに変わった。
 そして、人々が安全な方へ逃げたために、国債と他の有価証券との配当の差が大きくなった。中でも特に差が開いたのは、ジャンクボンドであった。

 この危機は、9月23日にFRBが緊急会議を召集した時に最高潮に達した。
 呼ばれたのは世界の有力な商業銀行と投資銀行で、その目的は、世界のデリバティブ市場の1兆ドルの損失を埋めるためであった。
 この損失は、コネチカット州に本社のあるヘッジファンド、ノーベル賞受賞者であるロバート・マートンとマイロン・ショールズを抱えたロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の失敗によって生じたものであった。

 FRBと銀行は、難しい選択に直面した。どちらかがLTCMに多額のドルをつぎ込むか(しかし彼らも金はないのである)、またはLTCMに債務を不履行にさせるかの選択であった。
 後者を選択すれば、世界のデリバティブ市場は連鎖反応式に崩壊し、最終的にはグローバル財政システム全体が崩壊するかもしれない。
 銀行家たちは前者を選び、360億ドルを資本として注ぎ込んでLTCMを管理したのであった。

 第3四半期の間には、国内価値で数兆ドルもの金融資産が蒸発した。損失と損失の噂が銀行株を暴落させた。
 アメリカンバンカーによれば、第2、第3四半期の間に、世界の金融機関の上位100社の株式時価総額(株価に株式数を掛けたもの)場における資本見積額が6350億ドル(22%)減少したということである。シティグループは34%、バンクワンは33%、新しいバンカメリカは27%の減少であった。


●バーチャル・リアリティ

 欧米の中央銀行は、この“重力の自由落下”を止めるために、緊急の金利引き下げを何度か行った。
 FRB議長アラン・グリーンスパンは、ほんの数週間の間に3回も金利引き下げを行った。これは、彼がバブルを支えるという意図を表明したもので、実質的には、投資家が市場に戻るようにお願いしているようなものだった。
 同時に、ウォールストリートのアナリスト、エコノミスト、マスコミによく出ている先生方などの宣伝要員が、市場について発言をするために雇われた。

 この作戦は成功した。少なくとも、最悪の事態は終わったという認識を広めるのには貢献した。
 宣伝要員たちは、「システム全体が崩壊しそうになったのは、単なる脱線現象であって、“エコノミック・ファンダメンタリスト”の正常な判断のおかげで、“ノーマル”な状態に戻りつつある」と、人々に宣伝した。

 このような信じられないような回復を進めたのは、経済の生産力に大きな恩恵を与えてきた、あの“インターネット”であった。

 アメリカがこのようにインターネットに取り憑かれているというのは、次のような信念によるものである。――「経済成長の原動力であった工業時代は過ぎ去り、今や情報時代となった。マウスのクリック一つで情報が手に入るインターネットは、我々の国の財産と生産力を高めてくれる。」

 この「情報が我々の未来を作る」という間違った認識は、オンラインとインターネットによる会社を生むこととなった。これはウォールストリートの寵児となった。
 このような会社の最大のものは、アメリカ・オンラインである。同社は、12月15日の時点の株式時価総額は425億ドルで、ゼネラルモータースよりもわずかに少ないだけである(GMは440億ドル)。そして、ボーイング、3M、テキサコ、メリルリンチに比較すると少し多い。
 そして、インターネット検索サービスの Yahoo! は、ロッキード、JPモルガンを少し上回る。
 また、本屋同然の Amazon.com の時価総額は128億ドルで、これは主な競争相手のブックストアチェーン、バーンズ&ノーブルとボーダーズの2社の合計額の3倍以上である。アマゾンは、ここ6回の四半期の間に740億ドルの損失を出しているが、それにもかかわらずこの額である。

 もっとすごいのは、オンライン安売りマーケット eBayの時価総額である。eBayは、2ヶ月前に株式を公開したばかりだが、その時にはすでに78億ドルとなっていた(これは依然上昇中)。
 これは、バンカーズトラストとほとんど同じで、Kマート、コースタル社、オキシデンタル・ペトロリアム、ユニオン・カーバイドよりも多い額である。何とeBayの時価総額は、USXスチールグループ、ベスレヘム・スチール、アームコ、LTV、ペンゾイル、WRグレースの全社の合計額よりも多いのである。


●世界のカジノ

 グローバル・デリバティブ市場は、億単位の狂気を超えて、兆単位の狂気になってきた。
 国際決済銀行(BIS)は、1997年の終わりに行った世界のデリバティブ市場の調査において、大手金融機関78団体のデリバティブ資産は、国内価値にして103兆5000億ドルと推定している。1996年末の報告では82兆6000億ドルとなっていたが、それよりも21兆ドル(25%)増加した。
 注目すべきは、この数字が全部の金融機関の合計ではないということである。この数字は、欧米10ヶ国と日本の大手銀行、証券会社の大部分のデリバティブ資産に限ったものなのである。
 つまり、この11ヶ国のデリバティブ契約全部を含んでいるわけではないし、この調査に含まれていない国の機関同士の契約は、全く含まれていないということである。
 よって、BISの数字は、世界のデリバティブ市場全体の数字を控えめに見積もったものであって、実際は150兆ドル前後になると思われる。

 ここ数ヶ月の間、日本の金融危機に関して多くのことが行われてきた。
 1997年半ば以来アジアを荒廃させてきた金融危機は、日本とアジアの貿易相手国に被害を与え、日本の企業と銀行に損失を与えてきた。
 政府の発表によれば、日本の銀行の抱える不良債権は6600億ドルで、ある推定によると2兆ドルにもなる。財政の状況は悪化する一方である。

 BISの発表によれば、日本の銀行7行と証券会社2社のデリバティブ資産は、3月31日の時点で12兆9000ドルになるということである。
 トップは東京三菱銀行の2兆8000億ドル、次は富士銀行の2兆ドル、そして他4行のデリバティブ資産が1兆から1兆8000億ドルである。
 もし、デリバティブを扱っているこのような日本の銀行が1行でも倒産したら、システム全体が爆発してしまう可能性がある。
 しかし、デリバティブが爆発する危険性が最も高いのは、アメリカとヨーロッパである。アメリカは、世界のどこの国よりもデリバティブのリスクの度合いが高いし、ヨーロッパのデリバティブ資産の合計はアメリカよりも多い。アメリカもヨーロッパも“ゼロ地点”の上にいるのである。

 連邦預金保険会社が発行している最新の『クォータリー・バンキング・プロフィール』によると、アメリカの商業銀行だけでも、9月30日の時点で33兆4500億ドルのデリバティブ資産を有している。同社はこのように述べている。
「銀行のオフバランスシート・デリバティブ契約は、第3四半期の間には4兆6000億ドル増え、今までに最大の増加のあった四半期に比べると、2倍以上の増加となった。これは、海外の金融市場の騒動が一因となっている。」
「アメリカの銀行の収益は、第3四半期には少し減少した。それまで続いていた6期の四半期の記録的な稼ぎは終了した。」
 同社は、この衰退傾向の原因は、「大手銀行数社の海外における経営状態と取引活動が弱まったため」としている。


●経済の衰退

 デリバティブは記録的な割合で伸びているが、実物経済は記録的な割合で崩壊しつつある。
 この一つの指標となっているのが原油の価格の値下がりである。これは、国際的に石油の購買量が落ちていることが原因である。
 アメリカの小麦と食用牛の価格も急激に下がっている。金の価格も、ここ数年急激に下がっている。

 価格が下がっている理由としては、二つの要因が考えられる。需要の減少と、カルテルの増加である。
 石油、小麦、食肉加工、金は、すべてカルテル企業が優位を占めていて、カルテル企業の低価格商品は、カルテルを行っていない競争相手を業界から追い払っている。これは、恐慌後の世界において、金融の少数独裁者が食糧、原材料、貴金属、戦略上の鉱物、重要なインフラストラクチャーを支配する動きが続いているということである。
 需要が減ったのは不吉でもあるし、まやかしのような現象でもある。
 この原因は、金融危機によって実物経済の活動が衰えたせいである。これは生活水準の低下を意味し、貧困、飢餓、世界の人々がますます死ぬことを意味する。

 この危機から脱却する唯一の方法は、脱却する道を建設することである。もし我々が1999年を生き残ることができたならば、我々はこのバーチャルな金融システムに破産を体験させ、様々なプロジェクトを完成させるという全力の計画に乗り出さなければならないのである。
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