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▼ デリバティブという癌を救おうとするドクター・グリーンスパン


●デリバティブ市場の危機

 1999年3月18日、フロリダ州ボカラートンにおいて、先物産業協会(FIA)が年1回開いている、国際先物産業会議が開かれた。
 会議で演説を行った商品先物取引委員会委員長ブルックスリー・ボーンは、世界のデリバティブ市場が直面している危機について、強い警告を発した。
「ここ5年間、店頭取引デリバティブ市場の取引量は、すでに爆発している。デリバティブ市場の取引量が急激に増大しているのと同時に、店頭で提供されるデリバティブ商品の数と種類は、続々と増え続けている。店頭取引市場の規模の大きさと、その性格によって、アメリカの金融市場は、システマティックな危機が生じさせる恐れがある。」

 彼女はさらに次のように述べた。
「LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の一件は、店頭取引デリバティブ市場が、アメリカ経済に未知数のリスクをもたらす可能性があることを示している。そして、アメリカ経済だけでなく、世界的な金融の安定を脅かす可能性もまた未知数だということを示している。
 これは、市場の透明さが少ないということ、過度なレバレッジが行われているということ、慎重な管理が不十分だということの証明でもある。そして、規制する立場の者同士が、アメリカ国内、国際間の両方において、より一層協調し合うことが必要だということを表している。……
 ヘッジファンドや、他の店頭取引市場の大口参加者の取り引きを規制しようとする場合、問題が生じるかどうか、この問題について、我々は早急に検討を進めなければならない。」

 次の日、FRB議長アラン・グリーンスパンは、人工衛星を使って、会議の参加者に対して演説を行った。
 グリーンスパンは、デリバティブ市場を擁護し、「規制は増やすのではなくて、むしろ減らすべきだ」と言った。

「ここ10年間で最も目覚ましい出来事は、金融デリバティブの異常な発達と拡張である。デリバティブは、リスクを分散させるための重要な手段であり、その重要性はますます高まっている。デリバティブはリスクの識別を容易にし、最も有能で最も欲しがっている投資家に割り当てることを容易にする。」

 グリーンスパンは、最後にこのように言った。
「市場参加者は、リスクの分散を図るために、今後もますますデリバティブを利用し続けるだろう。そして“富の創造”のプロセスを充実させていくだろう。私はそれを強く確信している。」


●癌のような成長

 世界のデリバティブ市場の規模を正確につかむのは、なかなかやっかいな問題である。報告の中でも変動やギャップが見られるので、簡単にはいかないのである。
 しかし、ボーンの言葉を使えば、“市場が爆発”しているのは間違いない。

 国際決済銀行(本部:スイス・バーゼル/中央銀行の中央銀行)が、1999年3月に発行した季刊報告『国際銀行業・金融市場の発展状況』の中で、BISは店頭取引デリバティブの発行総額を、1998年6月末の時点では70兆ドルと推定している。この他に、取引所取引デリバティブの発行額が14兆ドルあるので、世界全体のトータルは84兆ドルということになる。
 この数字は、ディーラー同士で取引をした場合に、二重計算をしないように配慮してある。例えば、チェース・マンハッタン銀行と、クレディ・スイスの間で1億ドルの契約をした場合、それぞれの銀行の帳簿には、1億ドルの取り引きが記載されることになるが、その場合でも、世界のトータルには1億ドルだけを加えるようにしているのである。

 世界のデリバティブ推定総額には、著しい増加が見られる。BISは、デリバティブの調査報告を年に1回発行しているが、1998年11月発行の調査報告によれば、主要先進国の中から選んだ銀行・証券会社約70社のデリバティブ資産は、1997年末の時点では、103兆5000億ドルであると推定している。
 この数字は、選定した金融機関だけの数字であり、また二重計算を防いでいるので、世界のデリバティブ活動のかなりの部分を反映してはいるが、すべてではないと思われる。

 グリーンスパンは、「BISが、1998年6月の時点での店頭取引デリバティブ総額を70兆ドルと報告しているが、今日では80兆ドルに近づいているのは間違いはない」と述べた。
「ディーラー同士が取り引きした場合のダブリを差し引くと、世界の市場におけるアメリカの商業銀行のシェアは約25%となり、アメリカの投資銀行は15%となる。つまり、世界の店頭取引市場におけるアメリカの会社のシェアは40%である。」

 フェデラル・デポジット・インシュアランス社が発行した『季刊・銀行業概要1998年第4四半期』によれば、“オフバランスシート(簿外)・デリバティブ”の総計は、1998年末の時点では33兆4000億ドルとなっている。
 1997年末の同社の報告では、25兆4000億ドルであったので、8兆ドル(31.5%)の増加である。これに、アメリカの大手投資銀行(に加えて、AIG、エンロンなどのノンバンクのデリバティブディーラー数社)の約20兆ドルを加えると、アメリカのトータルは、約55兆ドルにもなる。

 1997年末のデリバティブ発行総額は103兆5000億ドルということだったが、これがアメリカ商業銀行が保有しているデリバティブ資産と同じ割合で増加しているとしたら、1998年末における発行総額は、約136兆ドルということになる。
 しかし、これらの数字が世界全体のトータルであると考えてはいけない。世界全体のデリバティブ契約における額面価格のトータルは、165兆ドルから200兆ドルであると推定されている。これは現在も増加し続けていると思われる。

 グリーンスパンは、先物会議でこのように述べた。
「世界の金融界は過去18ヶ月のショックがあるが、しかし、危機が起こる前に比べ、デリバティブ成長率が全体的に下がってきたという証拠は何もない。これは、取引所取引でも、店頭取引においても同様である。」


●“富の創造”?

 グリーンスパンと、彼の仲間のデリバティブ・チアリーダーたちが、“ニューエコノミー”金融市場の話をするのを聞いていると、彼らがバーチャル・リアリティーの世界に生きていることがよくわかる。そこでは通常の世界が逆に異常なのである。そして、宇宙の法則は、彼らの頭上で回っている。

 グリーンスパンは、「デリバティブそのもの価値が上がっているのは、デリバティブが“富の創造”のプロセスを充実させるからである」と強調した。

 “ニューエコノミー”の他の支持者たちは、「株式市場の上昇によって、“富が創造”される」と主張した。そして、「デリバティブ商品は、工業製品のように“大量生産”することができる。“情報時代(インフォメーション・エイジ)”は、時代遅れになった“工業時代(インダストリアル・エイジ)”から起こった自然な革命であり、改善が行われた結果である」と述べた。
「インターネットの時代に、誰が大量生産工場を必要とするだろうか。」

 グリーンスパンは、愛する市場の脅威となるものは、“人間性”と“現実の世界”だと考えている。彼はこのように言う。
「歴史は、確信が突然引っ繰り返されるということを教えてくれる。多くの場合、それが起こる前にはほとんど気がつかない。それらは、非常に短い期間に圧縮できる自己増強プロセスである。
 市場のパニック反応は、短期価格を最大値にする劇的な変化であるということができる。また、人間同士の相互作用において、様々な形で現れている“人間の行動”が拡張されたものと言うことができる。それは、どの時代にも共通だと思われる反応の総体である。
 私は、相場の変動を示したグラフに、日付と価格が表示されていなかったら、1999年と1899年のグラフを見分けられる人はいないと思う。できるのものならやってみろと私は言いたい。」

 グリーンスパンは、「昨年の秋に金融パニックが起きた時でも、デリバティブ部門は傍観していた」と主張した。


●規制緩和

 グリーンスパンは、“金融市場は富を創造する”という立場に立って、「金融市場の拡大を阻害するものは、排除すべきである」という主張を論理的に説明した(論理は理由にはならないという新たな証明である)。
「デリバティブ市場の規制を強化するより、銀行に奨励金を与えて、銀行がリスクをモデル化するのを助けるようにした方がずっと良い。リスクのモデル化は、断続的に起こる様々なケースの意味合いや、それがまた起こるかもしれないということを考慮に入れて行わなければならない。」

 前代未聞の金融バブルの成長に基づいて作った直線的な市場モデルが、果たして、そのバブルの非直線的な崩壊について、どれだけ正確に予測できるだろうか。このことについては、グリーンスパンは何も言及しなかった。
 最近の“断続的に起こるケース”は、1997年半ばに始まったアジア危機であるが、アジア危機は急速に世界中に広がり、モデルの作成者たちは、大丈夫だと思って油断していたところに、思わぬ不意打ちを食らったのである。
 LTCMに雇われていたノーベル賞受賞者も同様であった。モデルなどは役に立たない。奨励金を出したところで、解決にはならないだろう。

 グリーンスパンは、「店頭取引デリバティブが、取引所取引デリバティブと比例して、速い成長を見せたのは、規制緩和をさらに進める必要があるという証明である」と述べた。
「大手銀行、特にアメリカの大手銀行は、取引所取引デリバティブの規制は、利益よりも負担が大きいと感じている。店頭取引市場は、商品取引法〔この法律によって、商品先物委員会が作られた〕の助けがなくても、非常に効率よく機能しているという事実がある。これは、取引所取引の金融デリバティブが、負担の少ない制度を発達させているという強力な証拠である。」

 グリーンスパンが言っていることは、先物ディーラーの耳にとっては、心地よい音楽のようなものである。
 先物ディーラーたちは、長年に渡ってデリバティブ取引に規制が多すぎることを不満に思っており、議会に対してロビー活動を行い、旧態依然とした負担の多い規制を廃止させようとしてきたのである。

 彼らがなくしたいと思っている負担の一つは、ディーラーたちが売っているデリバティブの多くが、アメリカの法律では違法だという事実である。
 もし、先物商品取引委員会が提案しているように、スワップを合法先物とするならば、店頭取引スワップ契約の多くは非合法になってしまう。それは、はっきりと定められた少数の例を除いて、取引所以外で先物を取り引きすることは非合法だからである。
 1998年10月に行われたデリバティブ会議において、上院農業委員会委員長リチャード・ルガー(共和党、インディアナ州)が述べたことは当を得ている。彼は次のように述べた。
「もしスワップが先物になるのなら、その契約の多くは白紙となり、法的強制力が失われる可能性がある。スワップ・デリバティブの推定額は、兆の大台に乗っているので、スワップ取引を行っている会社は、かなりの法律的リスクを強いられることになる。」

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