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▼ 中国大使館爆撃事件の周辺

【1】大使館攻撃の隠蔽工作は大失敗

 5月7日の夜遅く、空襲警報の音に続いて、あらかじめプログラムされた精密誘導兵器3発が、別々の方向から標的に向かって飛来し、見事に命中した。唯一の問題は、標的にしたはずの供給・調達連邦本部は、中国大使館だと判明したことである。
 これは、NATOとアメリカ国防総省が世界に信じてほしいと思っているように、“悲惨なミス”なのだろうか。それとも、NATOの命令系統の中で、意図的な操作が行われた結果なのだろうか。

 この攻撃は、政治に対して“二次的損害”をもたらした。それを見る限りでは、一般の人々や、中国政府がすでに飽き飽きしている“悲惨な事故”のストーリーは、ほとんど信じられなくなる。
 公式発表の内容を検討し、さらにNATOでは通常は作戦がどのように執行されるかというプロセスと、アメリカの安全保障の構造について調査した結果、それは明らかに隠蔽工作であるということを示している。
 もっと重要なのは、その隠蔽工作を行ったのは、英米連邦だということである。英米連邦は、クリントン政権、ヨーロッパ大陸諸国、ロシア・中国が、バルカン戦争を終結させるためのコンセンサスを作らないようにするために、精力を傾けているのである。

 最初の調査では、NATOとアメリカには、公式に知られている命令系統の他に、ある命令系統が存在することを示している。その命令系統は、NATOと軍の公式の命令系統に介入して、公式の標的リストの中に、中国大使館の位置を入れることが可能である。
 これは、“秘密の陰謀”が行われているというような意味ではない。そうではなくて、非公式の命令系統、または“委員会”が存在し、この複雑で多国籍的な空爆が、ヨーロッパの中央の国に対して行われるのを監督していたのだということである。


●少ない情報

 今までにNATOが発表した唯一のものは、NATOの航空機が、いくつかの精密誘導爆弾を発射し、それが中国大使館と同じ地点に命中したということだけである。
 アメリカとNATOは、中国に正式に謝罪したが、5月7日の夜に何が実際に起こったのかについては、詳しい発表は行われていない。

 アメリカ国防総省のあるスポークスマンに、非常に基本的な質問をいくつかしてみた。
「使われた兵器は、どういう型だったのか?」
「ガイドシステムの種類は?」
「爆弾の数はいくつだったのか?」
「攻撃した飛行機の数と種類、およびその飛行機の国籍は?」
 これらの質問に対する答えは、簡単なものであった。そのスポークスマンは、「NATOの飛行機だという以外にはわからない」と答えた。
 彼は、飛行機の型も国籍も確認することについては拒否した。彼は兵器の型についてだけは、「巡航ミサイルではなくて、爆弾だった」と答えた。
 「今後、この事件についての情報は発表されるのか?」という質問に対しては、やはり簡単な答えが帰ってきた。
「わからない。すぐには発表されないだろう。」

 5月12日、国防総省で行われた状況説明において、アメリカ統合参謀本部議長ヘンリー・シェルトンは、「B2爆撃機が使用されたという新聞報道は本当か」という質問を受けた。シェルトンの答えは、次のようなものだった。
「どういう標的に対して、どういう型の兵器を使ったかという作戦上の詳細に関しては、立ち入らない方が良いと思う。」

 このような答え方はおかしいと思われる。というのは、アメリカは、「B爆撃機が使われたのは、爆弾の中にプログラムされた標的情報からわかった」と認めているからである。
 なぜ、「爆弾がどのように投下されたか」「飛行機の種類と国籍は何だったか」について、詳しく説明しないのだろうか。少なくとも、このような返事では、中国は納得しないだろうし、「NATOはオープンで、謝罪したことに関して誠実である」とは思えないのではないだろうか。

 爆弾を落とした可能性のある国は少ないが、それはアメリカだけではない。特に可能性の高そうなのはイギリスで、それよりもずっと可能性の少ないのはフランスである。

 5月10日に、ウィリアム・コーエン国防長官が行った記者会見と、その後に行われた2人の“情報関係高官”による状況説明は、矛盾が多くて曖昧だった。
 いくらか本当らしく見えたのは、供給・調達連邦本部と示されている標的に、中国大使館の位置がつけれられていたということだった。この本部を標的にしたのはCIAで、その正確な住所はわかっていた。その住所は、中国大使館の住所ではなく、また中国大使館の現在の位置でもなかった。

 記者会見のその後の部分は、言い逃れのための一部の真実と、嘘の組み合わせによって成り立っていた。これは、食い違いを説明しようという努力によるものである。
 彼らが行った説明の主なポイントは、「新しい大使館の位置が、地図作成用のデータベースに入っていなかったので、大使館の番地が地図に表示されていなかった」ということだった。よって、標的についての詳しい情報を揃えるチームは、供給・調達本部の住所のデータがあったにもかかわらず、数百メートル離れた中国大使館の位置に置いてしまったということである。

 数千ページもの記事、記者会見、謝罪の公式の手紙にもかかわらず、本質的には、上述のことが、アメリカとNATO当局によって明らかにされた事実の総和である。このことはよく覚えておくべきである。

 
●Q委員会

 「NATOはなぜ、中国大使館に爆弾を落とすなどという“ミス”を犯したのか」という質問に対して、ある退役士官は、次のように答えた(この退役士官は、20年のキャリアを持ち、ベトナム戦争、中央アメリカのオリバー・ノースとジョージ・ブッシュの戦争、湾岸戦争に参加した人物である)。
「いいか、そのような間違いはあり得ない。バグダッドでも、ニカラグアでも、パナマやハノイでも、大使館が間違って爆撃されたことなどなかった。」

 「NATOの巨大な軍事マシンが、間違った標的を選んでしまうことなどあり得るのか」という質問に対しては、彼はこのように答えた。

「いいか、標的リストを作成するのは軍隊ではない。軍隊は、標的を選んだりはしない。彼らの役割は、単に作戦を遂行するだけである。軍隊は爆撃のリストを渡されるが、そのリストには、位置しか書いていない。
 軍隊は判断を下さない。判断するのは“Q委員会”と呼ばれているグループである。
 Q委員会とは、戦争を管理している委員会である。中央アメリカでも、この委員会が動いていた。我々がニカラグアで標的への攻撃を行っていた時、何を標的にするかを決めていたのは、このQ委員会だった。コントラ作戦では、Q委員会が最高機関となっていた。当時のQ委員会には、ジョージ・ブッシュ副大統領、国家安全保障会議の他のメンバーが入っていた。
 今度の戦争でも、そのような委員会が存在するはずである。委員会には、CIA長官レベルの人物と、もし国防長官そのものが入っていなければ、国防副長官が入っていると思う。
 今回のような場合には、委員会は国際的であり、委員会にはイギリスの副国防相が入っていると思われる。その委員会は、この戦争を実際に動かしている政策グループである。標的リストの作成を監督するのは、このグループである。
 彼らは、公式の命令系統の中にいる、彼らの息のかかった人物を通して、システムに正しくない標的を入れる能力を持っている。彼らはその人物に、『おい、中国大使館を爆撃するぞ』などと言う必要はない。単に間違った標的の位置の情報を与えて、『これを次のリストに入れろ』と言えばよい。事は簡単である。」

「そのような戦争行為を遂行する動機を持った人たちのグループが、NATO、イギリス、アメリカの意思決定を行うポストに存在するのか?」
「存在する。ブレア政権は、“文明の衝突”を世界的に押し進める運動の背後で団結している。
 アル・ゴア副大統領をはじめとして、クリントン政権の重要人物、例えば、コーエン、シェルトン将軍、マデリン・オルブライト長官は、イギリスの政策に対して、キッシンジャーのような忠誠心を示している。彼らはイギリスのために、常にクリントン大統領を裏切っている。自分たちがどの程度の裏切り行為を行っているか、彼らがいつも自覚しているかどうかは知らないが。」

●NATOの命令系統を調査せよ

 NATOと、欧州連合軍最高司令部(SHAPE:最高司令官ウェスリー・クラーク)の管轄下にある軍事部門は、大使館爆撃の事実に関しては、はるかに経済的である。正式な説明は何もせず、そのための記者会見も行っていない。
 クラーク将軍は、“システム”に対する確信を表明しており、大使館爆撃は、単なるミスであって、完璧なシステムの中の例外だと断定している。このような態度こそ、軍法会議にかける理由となり得る。

 SHAPEのスポークスマンに、「爆撃のリストは、どのように作られたか」について質問した。彼の返事は簡単だった。
「それは同盟の仕事であって、NATOの加盟国19ヶ国から成る理事会が承認し、指揮を執っている。規則では、理事会は同盟の方針を決める最高機関である。爆撃のリストは、理事会によって承認され、その国の能力に応じて、様々な国に仕事が割り当てられたのだと思う。」

 「SHAPEの統合幕僚、つまり最高司令官の一般幕僚は、どのように機能しているのか」という質問に対しては、スポークスマンは次のように答えた。
「我々は、そのことに関しては公にしない。我々が公表するのは、最高司令官と、以下に述べるポストにある人物の名前だけである。現在の最高司令官はクラーク将軍で、このポストは常にアメリカ人である。そして副最高司令官は常にイギリス人である。参謀総長は常にドイツ人、副参謀総長は常にイタリア人である。」
 また、スポークスマンは、「命令系統はここ2年の間に変化しつつある。しかし、その詳細は明らかにできない」と述べた。

 しかし、NATOの元上層部のある人物によれば、「爆撃の作戦を主に管理しているセンターは、J3本部(※注)だろう」ということである。
 J3本部は、様々な国を含めたあらゆる情報元から、標的についての情報を得ている。彼らは、常に標的を選んでいるわけではない。リストの原案は、命令系統に沿って上層部に上がり、検討が行われる。そして理事会が形式的に承認する。
 J3は、その割り当ての監督を行い、割り当てられた国の部隊は、爆撃を実行する。リストに手が加えられる可能性が最も高いのは、J3である。

 NATOは“同盟の大いなる努力”について誇張しているが、実際には、爆撃作戦はしっかりと英米連邦の手の中にあるようである。
 1995年に行われたNATOのデリバリット・フォース作戦は、ボスニアのセルビア人を、デイトンで交渉のテーブルにつけるために使われた爆撃作戦だった。
 その作戦の時には、少尉未満の士官でない人物に至るまで、アメリカの軍人によって命令系統全体が構成されていた。その主な理由は、当時、フランス人とイギリス人は、作戦にしぶしぶ同意していただけで、効果的な戦闘作戦を遂行するためには、協力がしにくいという理由だった。

 それから現在までの間に、この状況は変化した。イギリスは、ブレア首相のもとで、爆撃に最も積極的な国となった。
 このような点では、現在の副最高司令官であるサー・ルーパート・スミス将軍が、ボスニアのデリバリット・フォース作戦の時に、国連保護軍の司令官だったことは、特筆すべきことである。スミスは、セルビア人を爆撃することに、早いうちから賛成していたと言われていた。
 ブレアはスミスを1998年11月に副最高司令官に任命したが、このスミスの姿勢がその一因だったことは間違いない。作戦遂行上、副最高司令官であるスミスは、その爆撃リストについては、監督の役目を担っていたはずである。
 さらにスミスは、イギリス陸軍のパラシュート部隊にいたこともある。スミスは、シェルトン将軍と同様に、軍人生活の多くを特殊部隊で過ごしている。

 また、アメリカとイギリスが、最近行われたイラク爆撃で協力したことが、コソボで似たような協力を行うようになった理由であることは間違いない。

 爆弾を投下したことに関して言えば、投下に関わったことがわかっている国は、アメリカ、イギリス、フランスだけである。しかし、「フランスは大したことはやっていない」という不平の声もある。
 その他の空軍、ドイツ、オランダ、イタリアなどは、主に爆撃機を防衛する任務に関わっていただけで、実際の爆撃には関わっていない。

●安全装置は“安全”である

 コーエンは、爆撃の責任を“NATO全体の失敗”にしようとしているが、それは隠蔽のための極めて下手な言い訳だと断定できる。「DIAと国家画像地図局は、中国大使館の新しい場所の情報を得ていなかった」などという主張は、明らかな嘘であり、余りにも馬鹿げている。

 標的を確認した経験のある、ある軍事情報筋によると、標的は現場で確認することができるということである。
 一国の大使館を爆撃することは、戦争行為に当たるので、大使館は、真っ先に避けなければならない標的である。大使館の位置が、データベースを管理している国家画像地図局の役人に伝わっていなかったとしても、作戦を遂行する者は、その位置を確認する責任がある。
 イラク攻撃の時でさえも、イラクではベオグラードよりもはるかに多くの爆弾が投下されたが、大使館に爆弾が当たったことは1回もなかった。セルビアでも同様のはずである。実際、標的を確認する任務にあるイギリス特別空軍部隊が、セルビアとコソボに展開しているという新聞報道もあった。

 さらに、古い地図などというものは存在しない。空軍のパイロットは、飛行機に乗り込む前に、まず地図の日付を確認しなくてはならないのである。
 30日以上も古いということはあり得ない。もしそれが真実だとするならば、この任務の計画を立てる人たちは、1年も前の地図を使っているという話を出されたとしても、信じなければならないのだろうか。

 セルビアとベオグラードの爆撃計画は、過去2回の爆撃作戦に基づいたものだが、その計画は、爆撃が始まる前の数週間や2、3ヶ月前に始められたわけではなかった。
 アメリカは、1995年のデリバリット・フォース作戦を1993年にはすでに始めている。それは、NATOと国連が、ボスニアのセルビア人への空爆を考え始めるずっと前の話である。
 セルビアへの爆撃作戦の計画は、それと同時か、そのすぐ後に起こった偶発的な原理によって始まったと考えるのが間違いない。それは、空爆が開始されるずっと前に、現場で爆撃の標的を確認する準備となったのである。

 使用された兵器の型が発表されていないということは、やはり隠蔽工作だということを示している。精密誘導兵器が使用されたと言われていたが、その型については確認されていない。
 レーザーで方向を指示するタイプのガイドシステムは、いろいろな種類がある。これらのシステムのいくつかは、GPS(全地球位置把握システム)を使っているが、GPSは、大使館などの狙ってはいけない標的に照準が合わないように、プログラムできるようになっている。
 もしそういう兵器が使われていたならば、そのシステムはそういう調節がなされていたに違いない。その他のレーザーガイドシステムでは、他の飛行機からでも、地上からであっても、ある形式のレーザー指示器と連結することができるのである。

(※注)SHAPEの統合幕僚は、だいたい通常の軍隊の一般幕僚と同じような構成になっている。そこには様々な部門があり、J1は人事部、J2は情報、J3は作戦、J4は兵站である[Jは Joint(統合)の意味]。SHAPEではJ9まであり、NATOだけにしかない様々な責任を受け持っている。


【2】新たな証拠は、中国大使館爆撃の背後にイギリスがいることを示している

 5月14日、元国立防衛大学学長で、現在モンタレー国際研究所名誉所長であるロバート・ガード中将は、PBSの“ジム・レーラーのニュースアワー”に出演し、バルカン半島の空爆のやり方について、深遠な批判を行った。ガードは、この進行中の危機に対して、人道的な解決を行うことを主張した。
 ガードは、インタビューの終わり頃に、PBSのフィル・パンスから「最近のNATOの誤爆の怪」についてコメントを求められた。この質問は、明らかに5月7日の中国大使館爆撃のことを指していた。

 中国大使館は、少なくとも三つの精密誘導爆弾によって攻撃され、3名が死亡、20名が負傷した。中国政府は、「大使館爆撃は、野蛮な侵略行為である」と決めつけ、「アメリカの率いるNATOが、中国の主権下にある場所を計画的に攻撃した」と言って非難した。

 5月10日、ペンタゴンの記者会見において、ウィリアム・コーエン国防長官と、名前のわからないCIAとDIAの“情報関係高官”2名が、爆撃の原因について“説明”を行った。彼らは、「その事件が起こった原因は、地図が古かったせいだ」と述べた。

 コーエンらが発表した、その馬鹿馬鹿しい作り話は、アメリカ政府と中国政府の溝を深めただけであった。その溝は、クリントン大統領が、バルカン戦争を外交手段で解決しようとしている努力を、依然としてぶちこわすようなものだった。
 大使館が爆撃された数日後、クリントン大統領は江沢民主席に電話をかけたが、江沢民は電話に出るのを拒否した。このことから見ても、両国の溝が深まったのは明らかである。
 結局、クリントン大統領は、5月14日にワシントンで中国大使と会い、爆撃で亡くなった中国人ジャーナリストと大使館職員に哀悼の意を表し、公式の芳名録に記帳した。そして、やっと江沢民主席と電話で話すことができたのである。

 PBSのガード将軍のインタビューは、アメリカの軍事エスタブリッシュメントのまともな人々が、アメリカの軍事概念が正気でない方向に向かっているのに対して、ますます不安に思っていることを示している。
 この軍事概念をリードしているのは、統合参謀本部議長ヘンリー・ヒュー・シェルトン、NATO欧州連合軍最高司令官ウェスリー・クラーク将軍などである。
 この点においては、ガード将軍をはじめとする人たちは、中国大使館の爆撃について徹底的な調査を要求して、「私は奴らを軍法会議にかける」と公言するような立場に立っている。

 ガード将軍は、パンスの質問に答えて次のように言った。
「特に、人口の多い地域にある標的を攻撃する時には、我々にはある義務があります。例えば、中国大使館を爆撃したのは、7年前の地図を使ったからだと言っていますが、それは馬鹿げています。人口の多い地域の標的を攻撃する時には、このような事故が起こるのを最小限に防ぐために、持てる監視能力を総動員して、一つ一つの標的を、いろいろな角度からチェックすべきです。
 これは長年の傾向ですが、戦争で民間人が死傷する割合がどんどん増えています。20世紀が始まる時には、約10%でしたが、現在では80%から90%に上っています。そして、人道的な目的を達成しようと思って使っている手段が、戦争で民間人の負傷者の割合を増大させています。
 我々は、そのようなやり方で軍隊を使うことに対して、厳しく監視する必要があると思います。」

 ガード将軍は礼儀正しいので、「コーエン国防長官とNATOのスポークスマン、それとイギリス人のジャミー・シアが発表したストーリーは、まったくの嘘である」とは、率直に言わなかった。しかし、ガード将軍は「CIAの地図が古かった」という話が馬鹿げているという重大な証拠について触れていた。
 また、徹底的な調査を行うことにより、NATOの分子が今までに実行した中で、最も卑怯で、政治的に最も悲惨な結果を招くような犯罪の一つに対して、解決を与えることができるという証拠にもなっていた。

 実際、コーエンの作り話が最初に発表される2日前の5月8日、NATOのウォルター・ジェルツ少将は、国防関係の通信記者から質問を受けた。それは、「中国大使館を間違って標的にしてしまった理由が、古い地図だったなどということはあり得ると思いますか?」という質問だった。
 ジェルツは、地図が古かったためにミスが起こったという可能性は否定した。彼は、ブリュッセルで行われたNATOの記者会見で、このように述べた。
「我々は、徹底的に調査を行って標的を定めている。我々は、入手できる情報をすべて集めた上で、その標的が合法であるならば、その標的を承認している。標的と認められたものは、NATOの計画および標的と符合させた“標的リスト原本”に記載される。合法と認められれば、我々は攻撃する。我々が古い地図や間違った地図を使っているという証拠は、私は持ち合わせていない。」

●どのように動いているのか

 アメリカの軍関係と情報関係の現職の人たちと、かつてそれらの部門で働いていた人たちにインタビューをすると、その人たちは、「中国大使館爆撃の罪を、CIAに転嫁するのは馬鹿げている」と言った。
 これらの情報筋から得られた情報を合成したものを要約すると、次のようになる。

1. ユーゴスラビア連邦共和国内務省のある建物が、セルビアの準軍事的な暗殺者集団をコソボに展開させるための司令部だと思われており、CIAの当局者が、その建物をNATOの攻撃目標として指定した。この話は事実かもしれない。また、CIAは、国家画像地図局が提供した間違った地図を元に動いていたのかもしれない。
 しかし、そのような出だしにおける間違いが、命令系統を伝わっていく中で発見されなかったというのはあり得ない。

2. 標的が候補に上がると、ペンタゴンでは、標的の正当性を示す証拠について、クロスチェック(いろいろな角度からのチェック)と再検討が行われる。再検討する過程で、さらに多くの情報元から証拠資料が集められる。
 その資料は、より広範囲なアメリカ政府の情報データベースと情報元から集められる。このプロセスには、アメリカ軍の数部門と、アメリカ情報機関の代表者が参加する。

 いくつかの情報筋にインタビューしたところ、彼らが「いつものことだが、ベオグラードの中国大使館は、アメリカ国家安全保障局が行っている“電子工学の盗み聞き”のターゲットである」と言っていたことは、特に重要である。
 中国大使館の電話と、中国大使館から出入りするケーブル上の情報は、アメリカの“国家情報手段”の優先的なターゲットである。よって、「アメリカの情報機関の本部レベルが、1996年に中国大使館が移転したことに気がつかなかった」などというのは、おかしな話である。

3. 候補に上がった標的が、このクロスチェックを通過したら、その次には、ブリュッセルにあるNATO本部に回され、そこで再びチェックを受ける。これは、5月8日にジェルツ将軍が語ったプロセスである。
 また、NATO本部当局者にインタビューした時にも、これと同じプロセスを述べていた。NATO本部では、標的の候補に関するアメリカの情報は、J2(統合情報)とJ3(統合作戦)部門で、他のNATO加盟国の情報と照らし合わせてクロスチェックを受ける。

4. 標的が最終的に承認される前には、NATO情報機関のスパイが、標的を現場でチェックする。中国大使館の場合には、その標的の定め方が正確であることを示す累積した情報を確認するために、ベオグラードの現地の情報筋は、中国大使館を実際に見せられたのだと思われる。
 つまり、もしコーエンらが主張しているように、中国大使館を標的に定めた際に修正が加えられなかったとしたら、それは、NATO司令部の中心人物が、完全に意図的な破壊工作を行った結果だということになる。NATO司令部は、彼ら自身の規則によれば、標的に関する情報の正確さが現場で確認され、確認した結果がブリュッセルに伝わるまでは、攻撃の許可を出せないようになっている。

●イギリスの裏切り行為

 NATO当局者が認めたところでは、標的の検証は、委任を受けて現場で確認する場合を含め、NATO本部のJ2とJ3が行うそうである。
 J2とJ3は、NATO加盟国数ヶ国の現役勤務者によって構成されている。その命令系統のトップは副最高司令官で、NATOの規則によれば、そのポストは常にイギリス人である。
 現在の副最高司令官は、サー・ルーパート・スミス将軍である。スミスは、ボスニアでは国連保護軍の司令官であった。ボスニアでは、平和維持軍のイギリス部隊は悪名高かった。イギリス部隊は、国連軍が今後どう展開するかという情報をセルビア軍に流し、“民族浄化”を防ぐために展開しているにもかかわらず、逆にそれを煽っていたからである。
 よって、NATO軍がコソボで行っている作戦のリーダーがスミス将軍だということは、中国大使館爆撃の真実を明らかにする際には特に注意が必要であり、詳しい調査が必要となる。

 ある信頼できるアメリカ情報関係筋は、次のように語った。
「セルビアのスパイは、イギリス情報機関と長年に渡って結びついている。中国大使館を標的にさせるための情報を流したのは、セルビアのスパイも含めて、ベオグラード現地にいるイギリスのスパイかもしれない。」
 ある匿名希望の情報筋は、次のように語った。
「最も怪しいのはイギリスである。イギリスは、現地での活動能力を持っているし、イギリスには明らかに動機がある。アメリカはいずれも持っていない。」

 軍関係のいくつかの情報筋が、決め手となる情報を提供してくれた。
「現地の情報筋が、地図に記載されている標的の位置が間違っていないことを確認したら、後は手続きの問題となる。NATOの加盟国に、爆撃の計画を立てる仕事と、それを実行する仕事が与えられる。
 アメリカ空軍は、ユーゴスラビアへの出撃の75%を占めている。よって、三つの精密誘導爆弾を投下したのは、どうもアメリカ戦闘機のようである。これは別に驚くような話ではない。」


【3】ワシントン、ボン、ローマ、モスクワは外交を求めている

 5月7日に、ベオグラードの中国大使館が“事故”によって爆撃されてから、NATOと中国の間には壁ができていた。しかし、5月14日にクリントン大統領と江沢民主席が電話会談を行ったことにより、その壁は崩壊した。クリントン大統領は、その会談の中で、大使館爆撃事件について徹底的な調査が行われるということについて保証した。
 主要7ヶ国とロシアの外相は、5月6日にボンで合意原則を発表したが、その合意に盛り込まれた外交的解決策は、クリントン大統領の電話会談によって、完全ではないにしても、建設的な推進力を相当に回復した。
 ドイツ首相ゲアハルト・シュレーダーは、5月12日に中国の上層部と北京で会談を行ったが、これも、NATOと中国の関係修復に大いに役立った。この会談によって、ドイツのある政府当局者の表現を借りれば、「中国をボートに引き入れる」ことができたのである。
 しかし、その外交的推進力を強化したのは、クリントンと江沢民の電話会談だけだった。イギリスが新たに残虐行為を扇動し、中国との壊れやすい関係を再びぶちこわすかもしれないということは、気をつけていなければならない。

 そして、国際的なコソボ和平外交は、次の一件から数日のうちに急速に進展した。

 5月15日、国連安全保障理事会は、イタリアとドイツが支持しているアメリカとロシアの共同構想について承認した。それは、コソボ和平プロセスを進めるために、フィンランド大統領マルッティ・アハティサーリを国連特使に任命するというものだった。
 フィンランドはNATOには加盟していないので、国連安全保障理事会常任理事国5ヶ国の中で、NATOに加盟していないロシアと中国にとっては、受け入れられる提案だった。
 また、クリントン大統領は、ストローブ・タルボット国務副長官を、コソボ和平会談のアメリカ代表に任命した。このことは、ドイツの外交官グループに大いに歓迎された。というのは、マデリン・オルブライト国務長官は、バルカン問題について破壊的な見解を持っているために、ドイツの外交官と何度も衝突したからである。

 ドイツ外交官の間では、タルボットは手強い交渉者として知られている。しかしまた、タルボットは建設的な人物としても通っている。イタリアの外交官グループも、タルボットについては同様の見解を持っている。
 さらにタルボットは、アル・ゴア副大統領の長年の親友であるビクトル・チェルノムイルジンと協力して、デリケートな共同作業を行うようにクリントン大統領から指示を受けてる。
 実際、クリントン大統領は、マデリン・オルブライト国務長官をバルカン外交から閉め出しただけではなく、副大統領アル・ゴアも締め出した。これもクリントン大統領が行った、極めて重要で建設的な“巧妙な処置”であった。
 この処置によって、ゴアとチェルノムイルジンの悪名高きコンビが、和平努力を破壊するという見込みは少なくなった。このコンビは、エフゲニー・プリマコフをロシアの首相の座から引きずり下ろしたという疑いをかけられている。

 アメリカとヨーロッパ大陸諸国は、コソボを巡る戦争については、外交的手段で解決しようと努力していたが、5月18日には、そのような姿勢がより一層はっきりと見られたのである。

 5月18日、シュレーダーとイタリア首相マッシモ・ダレーマは、イタリアのバリで2日間の協議を行った後、共同記者会見を行った。2人は、アハティサーリがそのような任務を遂行することに対して、支持を表明した。
 タルボットもその任務には直接関わっていた。タルボットはその日に、ヘルシンキでアハティサーリとチェルノムイルジンと会ったのである。

●空爆を停止すべきである

 ドイツとイタリアの2人の首相が合意に達していたのは、アハティサーリの件だけではない。2人の首相は、次のように言った。
「セルビア軍がコソボから速やかに撤退するための条件を整えるために、NATOは、セルビアに対する空爆を一時停止する必要がある。空爆の停止が可能となるのは、コソボに関する安全保障理事会の共同決議案が、ロシアと中国の明確な同意を得た上で承認された場合である。その決議は、5月6日にボンで主要8ヶ国が合意した内容に沿ったものでなければならない。」
 ダレーマは、すでに5月16日にはこの提案の基本的な概略を発表していた。ダレーマは、5月10日にシュレーダーと会談を行ってから、「中国大使館を爆撃したという“事故”について、徹底的に調査を行うべきだ」という見解について確信を強めていた。それは、NATOが避けることができない問題で、また避けることは許されない問題である。
 ダレーマはシュレーダーに次のように言った。
「NATOが、大使館の爆撃に関してまずい謝罪をし続け、このような惨事がなぜ起こり得たのかということについて、国民に真実を明らかにしなかったら、NATOは、加盟国19ヶ国の国民の信頼と、国際世論の信頼を失うだろう。」

 ダレーマとシュレーダーは、次のように述べた。
「コソボ紛争を解決するためには、外交的手段しか望めない。NATOがセルビアに全面的な勝利を収めるということに立脚すべきではない。もっとも、そのような勝利は、依然としてはるか彼方にある。」
 シュレーダーは、次のように付け加えた。
「私はドイツのために、戦闘を目的とした地上軍の展開には断固として反対する。」
 シュレーダーがこのような発言を行ったので、その翌日の19日、イギリスのマスコミは、激しい怒りを表明する見出しを掲載した。
 例えば、『デイリー・テレブラフ』は、「ドイツはアメリカに荷担し、地上軍を拒否した」という見出しをつけていた。『タイムズ』は、次のように述べていた。
「ダレーマと一緒に行ったバリでの記者会見で、シュレーダーは、セルビアと地上戦を行うというイギリス政府の計画を“ぶちこわした”。」

 さらに『タイムズ』は次のように書いている。
「ドイツ首相が、きっぱりとこの戦略を棄却したことは、NATOの主要加盟国の中で、イギリスの立場を孤立させているように見える。フランスとイタリアも、まず最初に和平協定を結び、ミロシェビッチ大統領が、コソボにNATO軍を中核とした国際軍隊を置くことを受け入れなければ、軍隊を展開させることには反対している。」
 『デイリー・テレグラフ』は、次のように述べている。
「シュレーダーが地上軍派遣に『ノー』と言ったことは、先月クリントン大統領が、ブレア首相に言ったことと同じである。ブレア首相は、『爆撃によって、ミロシェビッチ大統領に譲歩させることができなかった場合、地上軍を使う可能性がある』ということについて、クリントン大統領の賛成を得るために、大統領を数時間説得した。しかし、大統領の賛成は得られなかった。」

 『デイリー・テレグラフ』が、クリントン大統領について報道していることは正確である。
 4月23日から25日にかけて、ワシントンでNATOの50周年サミットが開かれたが、その2日前にホワイトハウスで長い会議が開かれた。その時ブレアは、バルカン半島で地上戦を行うことについて、大統領をしつこく説得したが、大統領はそれを拒絶したのである。
 4月25日の記者会見で、マスコミは「アメリカとイギリスは、地上軍派遣を巡って意見が食い違っているのではないか」と指摘した。しかし、ブレア、イギリス外相ロビン・クック、イギリス国防相ジョージ・ロバートソンは、真っ赤な嘘をついたのである。

●イギリスがまた事件を起こすかもしれない

 非常に明らかな理由によって、イギリスのタカ派はいらいらし始めている。
 5月7日の中国大使館爆撃は、停戦に向けた外交努力と、コソボ和平会談を台なしにするためのものだった。しかし、5月18日には、外交努力を破壊しようとするそのような試みは、修復されたのである。それはまたもや、ロシア、中国、ドイツ、イタリア、そしてホワイトハウスの協調的行動によるものだった(国務省とペンタゴンは、それに強い抵抗を示していた)。
 破壊行為は再び行われるかもしれず、そのことには気をつけなければならない。しかし、最近は和平プロセスが勢いを増し、それを脱線させるのは非常に難しくなっている。

 5月18日から20日にかけて、タルボット国務副長官、フィンランド大統領アハティサーリ、ロシアバルカン特使チェルノムイルジンは、ヘルシンキで長時間の会議を行った。
 5月18日に行われた最初の会議は、8時間にも及んだ。翌日の朝、チェルノムイルジンがミロシェビッチと会談を行うためにベオグラードに向かう前に、その3名はさらに5時間の会議を行った。
 チェルノムイルジンがベオグラードからモスクワに戻った時、タルボットはすでにモスクワにいた。タルボットは、さらに協議を行うために、チェルノムイルジンを待っていたのである。

 5月19日、主要8ヶ国の外相が、再びボンで会議を開き、国連安全保障会議の決議案を起草した。それは、現在の外交ラウンドのスタートを切った、5月6日の主要8ヶ国の公式声明に基づくものだった。

 

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