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●アンティグアはロシア・マフィアのカリブ本部
カリブ海にあるイギリスの“植民地”アンティグア・バーブーダを最近訪れた人が、あることを教えてくれた。それは、アンティグア島の高級ホテルでは、泊まり客の圧倒的大多数がロシア語を話しており、それが彼らの母国語だという事実である。
この人物は、議会の特別調査顧問をしていたことのある人物だが、「アンティグアは、ロシア・マフィアのカリブ本部だ」と言っていた。
これはうまい表現である。ロシアの“犯罪皇帝”たちは、国外でマネーロンダリングを行うためには、アンティグアはやりやすい国だと思っており、この傾向は長年に渡って続いている。
現に、ニューヨーク銀行のスキャンダルによって、アンティグアで最も名高い人物の一人であるブルース・ラッパポートが、再び注目を浴びるようになっている。
76歳のラッパポートは、ロシアから移住してきたユダヤ人の息子で、パレスチナで生まれた。彼は、スイスのジュネーブに住んでいるが、それでもアンティグアのロシア大使となっている。
ラッパポートのニューヨーク・インターマリタイム銀行は、150億ドルのマネーロンダリング・スキャンダルのまっただ中に置かれている。このスキャンダルによって、ボリス・エリツィン大統領と、その娘たちを取り巻くマフィアグループは、崩壊の危機に直面しており、アル・ゴアの大統領選の選挙活動にも悪影響が及ぶ恐れが出てきている。
ラッパポートの経営する会社の簡単な歴史を見てみれば、ラッパポートがそのマネーロンダリング・スキャンダルにおいて果たしている役割が推測できる。
1966年、ラッパポートは、ジュネーブにインターマリタイム銀行を設立した。その後、彼はソ連、アフリカ、ペルシャ湾、アジアにおいて、“合法”の事業と“あまり合法とは言えない”事業の両方で活躍するようになった(ラッパポート自身は、犯罪のかどで起訴されたことは過去において全くない)。
ラッパポートは、1980年代の初め頃には、ニューヨーク銀行の個人株主の中では、最高額の株を有するようになっていた。8月22日の『ニューヨーク・タイムズ』の記事によれば、ニューヨーク銀行は、ソ連崩壊後のロシアにおいて、ラッパポートを通じて事業ルートを確立したということである。
ラッパポートは、最終的にはニューヨーク銀行の持株をすべて売り払うことになるのだが、1990年5月、ニューヨーク銀行は19.8%の“賭け金”をインターマリタイムにつっ込み、ニューヨーク・インターマリタイム銀行は、ニューヨーク銀行の事実上のプライベートな銀行部門となった。
1992年には、ニューヨーク・インターマリタイム銀行におけるニューヨーク銀行の“賭け金”は、28%にまで増大した。モスクワの“犯罪王”たちには、ベネックス・ワールドワイドを通して資金が流れたことが確認されているが、その資金が最初に通過したのは、ニューヨーク・インターマリタイム銀行の口座であった。
ラッパポートが、マネーロンダリングの実行犯をアメリカの検察官から追求されたのは、今回が初めてではない。
ちょうど2年前の話だが、麻薬売買人から得た金で、銀行の収益を埋め合わせたという理由で、連邦検察官がラッパポートの銀行を起訴している。その金は、その時にはニューヨーク・インターマリタイム銀行のアンティグア支店に預けられていた。
連邦裁判官は、「この事件は自分の権限では扱えない」という判決を下したので、この事件は、現在上訴されている最中である。
●オハイオ州のネットワーク
ラッパポートは、1980年代においても、麻薬で得た金をマネーロンダリングしたというスキャンダルの中心人物となっていた。そのスキャンダルには、オハイオ州の悪徳銀行家、マービン・ワーナーも含まれている。
1981年、ワーナーとラッパポートは協力してアンティグアを侵略した。2人は、パナマにスイス・アメリカン・ホールディング社を創設し、その子会社の一部として、アンティグア・スイス・アメリカン・ナショナル銀行とアンティグア・インターナショナル・トラストを創設した。
ワーナーがアメリカで築いている銀行帝国は、郷里のオハイオ州からフロリダ州南部にまで拡張した。
ワーナーは、ジミー・カーター政権時代にスイス大使をしていたが、麻薬取締局(DEA)が行った“ドル紙幣作戦”と“探り屋作戦”で証拠をつかまれた時、ワーナーは厳しい状況に追い込まれた。これらの作戦は、麻薬で得た金をマネーロンダリングしている銀行を厳しく取り締まるために、1980年代の前半にマイアミ地区で行われたものである。
ワーナーはこの作戦によって、ワーナーが所有するデード郡グレート・アメリカン銀行とコム銀行が、ベネズエラとコロンビアの麻薬売買人の“資金洗浄屋”になっていたという証拠を握られたのである。
1985年には、ワーナーがオハイオ州で行っているESMフラッグシップ貯蓄貸付が経営に失敗した。その2年後、ワーナーは3年半の服役を言い渡された。しかし、後にこの判決は覆された。
どの人の話でも、「ワーナーは政治家とのつながりがあり、オハイオ州民主党では、財政面の“ゴッドファーザー”になっているので、それ以上の告発を免れることができたのだ」と見なされている。
ワーナーの裁判では、民主党最大の資金調達者で、ジョージ・ブッシュ政権の時にモスクワ駐在大使をしていたロバート・ストラウスが、ワーナーの人柄や評判についての証言を行った。
ラッパポートは、アンティグアでの経営を通じて政治的な保護を獲得し、レーガン政権時代にCIA長官をしていたウィリアム・ケーシーとの個人的な親交によって、それを補強した。
ラッパポートは、イラン・コントラ事件に関係していたエリオット・アブラムズを、ラッパポートのアンティグアの銀行経営に参加させた。
アブラムズは、国務省とオーバーシーズ・プライベート・インベストメント社からの資金を、“退役した”モサド局員、ヤイル・クレインに提供した。それは、アンティグアのメロン農園に訓練基地を作るのが目的だった。訓練基地では、パナマのマヌエル・ノリエガ将軍を倒すために、傭兵軍の訓練が行われた。
パナマ侵略計画が拒否された時、クレインのアンティグアでの“投機的事業”は、麻薬密売組織メデジン・カルテルの重要人物を守るために、“VIP警備訓練”を行うまでに拡大された。
クレインの“安全を守るため”の警備要員は、クレインのスピアーヘッド社が供給した兵器と共に、1989年8月にコロンビアの大統領候補ルイス・カルロス・ガランを暗殺するのに使われた。
1989年12月15日、コロンビア陸軍部隊は、マデジン・カルテルのボス、ホセ・ロドリゲス・ガッチャの隠れ家を襲撃した。その際に、ガランの暗殺で使われていたイスラエル製の武器が発見され、その武器は、クレインがアンティグアで行っている活動から供給されていることを示す書類も発見された。その活動は、ラッパポートの銀行を利用して行われていた。
ラッパポートは、またもや起訴を免れた。しかし、今回あたりは、この“ニューヨーク銀行スキャンダル”は、前回とは違った展開を見せるのではないかと思われる。
ゴアにとっては、さらに悪いニュースがある。マービン・ワーナーの仕事上のパートナーで、手下でもあるジェームズ・ルボロが、ゴアのオハイオ州の選挙運動ディレクターに任命されたというニュースである。
ルボロは、民主党のオハイオ州のリーダーをしていたことのある人物である。ゴア副大統領が、ロシアのマフィアとつながっているということを示す新たな事実が、もうすぐ明らかにされるということだろうか。
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